一昨日、夫のいる信州に帰ってきた。まず、県内に入ってすぐ井上陽水『少年時代』をイヤホンでエンドレスで聞き続けた。風景に合うんだ。

自分が住む市内の商店街(札幌でいうなら二条市場と狸小路が合体したような規模)にバスが入ると、紙屋や団子屋を見てこういうのもイイナと思い、同時に「それでもここは、好きな人と一緒じゃなきゃとてもじゃないと住めないな」と思った。あの、田舎だとバカにしているわけでも寂れた町がどうのこうのというわけじゃない。ただ単に、町の雰囲気も規模も、自分が生まれ育って慣れ親しんだものとは違いすぎて、それに違和感を感じないでいられるのは好きな人の存在のおかげだとよくわかりました。そういえばこれと同じ思いは、確か引っ越ししてばかりの時に感じたなあ、と懐かしく思った。
思いでは簡単に作られる。
夫がバスターミナル(実際は『車庫』が正式名称。渋い)まで迎えにきてくれていた。今3日経った。あらためてなぜこの人と結婚したかったか思い出した。”あんた数日前の日記で…”という突っ込みは自分もしてます、大丈夫、仕方ない(何が)しかも日記では2日分くらいで終わってるけど、実は一か月くらい引きずっていたからね。
でももう大丈夫、何ひとつ引っ掛かりはない。夫と自分の人生がよりよくなれますよう、その思いだけでまた生活を続けられる。正直ホッとした。打ち明けると、あれから後者さんと一度だけ会ったんだ。会っておいて良かった、前に気持ちを伝えられたときから始まり連絡を絶ちたいという話をした時も相手の気持ちを聞くだけで自分の話をしていなかったから。±ゼロですわ。
バカは経験しないと分からないは身をもって実証済み。しかし経験を踏まえて納得できたことは振り返らずに済む、だから仕方ない。