嫁姑問題は日本・世界各地の永遠の課題なのですね。先日の日記のコメントのレスポンスは今日の日記に代えさせてください。

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『フランスにも嫁姑問題があるのですね。フランス人は個人主義と聞いたので驚きです。干渉し合わないんだと思っていました』
私も以前夫に聞いたことありました。「あるよー喧嘩するのは普通よ〜」
が本当かどうかわかりませんが日本と同様な気がします。それも皆けっこう派手にやります。「あの2人実はウマが合わないの?」と周囲の人が後から気づくようなささやかさではなく、誰もが一目瞭然なぶつかり合いを。ただ嫁姑だけじゃなく嫁夫、嫁舅、そればかりか小姑と姑とかもやり合うので”ああ、嫁と姑というのは水と油?”と好奇心でみる人もいないし、”Aという人とBという人はは会えばよく喧嘩する 笑”くらいで立場(嫁・姑)にはあまり注目しないかもしれません。
日本と同じく、やはり結婚して親族ができた場合、苦手だ喧嘩しただ言っても逃げ場はそう簡単にないものです。日本の正月にあたる大イベントではほぼ家族全員参加の強制参加ですし、互いの実家が近い場合”メインの時間をどちらで過ごすか”で喧嘩してる人も結構います。それにバカンスは田舎住みの人はパリにくれば泊まらせたり、その逆の行き来もあるので、よっぽど縁切りしない限りほんと日本と同じ。
ただ双方の性格にもよりますが喧嘩したあとは案外皆ケロっとしてます。反動で”仲良し”とまではいかないけど”この前のことはこの前のことで”っていう流れ。私も忘れちゃいないけど「絶対忘れてやらない!」てほどのことでもないので正直こっちも気を付けようと思うし(喧嘩しないように気をつけよう、ではなく、同じ原因の状況を作らないようにする)、人を憎むっていうのはつらいものだなとこの度経験して、なるべくなら憎まず憎まれずに生きていきたいなと思ったくらいです。
こう思ったのは不純な”気づき”ではあるけど…自分が夫の親を避けたり憎むということは、夫も自分の親を避けたり尊敬してないくても文句は言えないってこと。私にはこれを受け容れる覚悟はなかったのです。

その後も何か行き来している。料理がとても上手な義母なので勉強になるし、この食事で夫が育ったのだとな思うとちょっと感動する(ってくらい上手)しで共通の興味でなんとか。

『やっぱり”文化が違うから仕方ない”ってお互いどこかで意識があるから縁を切るってならなかったんだと思います。私達同士(日本人同士)だったらその場で絶縁状態ですよ』
鋭い指摘です、それは大きい。基本的に”文化の違い”は国というより”育った環境の違い”だから日本人同士でも同じ!
って考えをこの日記でも何回か書いた記憶があります。けど今回互いに”言ってはいけない言葉を口に出さずに済んだ”のは、ずばり「私のフランス語力の無さ」もあったと思います、情けなー。
というのは結構その日は修羅場だったのです。義母は大声を出す人ではないのですが「私のせいなんでしょう」とか話を横にもってくような…で修正したりそのこを皮肉りたくても私は人を罵るほどのフランス語力は身についてません。「〜してほしい」「〜ない(否定形)」など幼稚園児程度じゃないでしょうか。なのでその時の不愉快さをこの日記に書いたような自己完結に似たものをもっもらしく伝える力 笑 は低い。できたのは動詞と形容詞で終わる会話のみ!義母も私に難しいことや嫌味を言ったって伝わらないと分かっているのでシンプルなことしか言わなかったので…