卒乳が母親側のさみしさを募らせるものだと聞いてはいても「わかるけど、わからない。喜ぶべき子供の成長の第一歩でしょう」と堂々おもっていた。
で、いざ自分の番になってみたらさみしくて涙出るどころか、もう嫌で嫌で脂汗でてきた。

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9月下旬までは息子側の都合で母乳を与えられない。10月中旬以降は私の治療が始まるから母乳中止。まだ生後4か月と時期は早いが今回の手術を機に卒乳に踏み切ることにしたのだ。
立つ鳥跡を濁さず、とは無縁で卒乳に踏み切る前の時点ですでに相当潔くなかったわたし、重い腰をあげさらにはそれを下さないようにするために練った対策↓

  1. なぜ卒乳するか、自分のなかで理由を明確にする(卒乳するのがさみしくなったときに、言い訳を探してやめるきっかけになるのでしっかり卒乳理由を自分に言い聞かせる)
  2. 身の回りを妊娠前の環境に戻しておく(授乳しやすい洋服、授乳用ブラジャーは全部クローゼットにしまった。本当はまだ着ようと思えば服は着れるし、下着のサイズも変わってないので身に着けられるが、環境を変えてすでに”終わった”感を出して気持ちシリアスになるのを防ぐ)
  3. 毎日続けられる習慣を増やす(卒乳ということでひとつ習慣が減ったので、またひとつ習慣を増やすことで気分転換。私は毎日20分間のサイクリング)

卒乳は一回目で失敗すると大変と聞いていたので、小学校のときの夏休み計画表ばりに”こんなの本当にこなせるのか?”ってほど目標・計画をしっかり立てて挫折しないようにしていきたい。
母乳を与えるということがここまで精神的に影響していたとは。また、母乳をやめることがここまで精神的に変化するとは。驚きです。私はマインドコントロールに非常にかかりやすいので、事実なのか思い込みなのかはわかりませんが。
そんな卒乳前日・当日のブルーを嘘のように吹き飛ばしたのが、2日目から無視できなくなってきた肉体的な痛み(胸の張り)。
というわけで今せっせとセージのお茶飲んでる。
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ペパーミントティも良いそうで最初に試したけど、私にはセージのほうが合うみたい。不快な張りがない、または張るは張るにしても穏やか。あって良かった生活の木ハーブティーを入手した店)
『痛みだけがリアル』、じゃないけど(あ、これわたしの言葉じゃなくて映画のコピー)、痛みは心を掻き消してくれるね。
おまけに痛みを味わうことで負債を負った気持ちになるから「見ておれ、こんだけ痛かった恨みは忘れんぞ」と負けん気なぞ出てきて卒乳サミシイという気持ちはどこへやら、そうだダイエット本格的にはじめよう、とか、無趣味な私の唯一の嗜好品である紅茶ガブ飲み放題だゲヘヘとか本来の自分が出てきて、ポジティブになれた。痛みよありがとう。
とは言え、ときおり「あの目をつぶりながらうっとり飲む顔はもう見られないんだな」てことを思い出すと、しんみりしそうになってまだマズイ。
まあ極端なはなし息子が20歳になっても「あの目をつぶりながらうっとり飲む顔はもう(略)」なんてことは言ってられないわけで、いつかは終わることなのだからそれが今日だろうと来年だろうと終わるべきときが終わるとき、ってことで。
短い間だったけど、かわいいひとつの顔を見せてくれて、ありがとうってかんじです。
当の息子はいまのとこ「飲めればokよ」とでも言いたげに、空腹時は哺乳瓶を見るなり早よよこせと地団太踏んでる。