勘だけで言うけど「おおかみこどもの雨と雪」を見たほうがいいかもしれない。(まだ見ていない)
イムリーにすごく良い記事をみつけました。
今、あえて「ポニョ」のリサについて熱く語る(kobeniの日記)

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私がいま対立しているもののひとつに「フランス流子育て」てのがある。
いままでよく「旦那さんフランス人なの?フランスって個人主義なんでしょ大変ねー」って言われて初めて「はて、個人主義とはなんぞや?」と軽く流してきたのだが、いまになってようやくわかりました。
フランス人が個人主義かと言われてもいまいちはっきりと答えられないが、少なくともフランス人である私の夫は個人主義であると。
日本で育ち日本でみてきた母親像から離れるというのは容易ではない。
別に日本でもフランスでも国はなんでもいいの、Aという国で長年育ち母親というものを比較的Aという国の文化でみてきたら自分もいざ母親となったらやはりA寄りになるというか。
自分が母親業界のなかでどういう立ち位置なのかは分からない。
けど、フランス的(的っていうのがまたクセものだけど)母親とは程遠いらしく、とにかくここで喧嘩になることが多い。
夫も息子を溺愛している。
けど私の母親としての役割・項目が重すぎて多すぎて、もっと自分ってものを取り戻せと言ってくる。
私には私の言い分があり、じゃあもっと軽くして少なくした分はあなたが担うのかと?
返ってきた答えは、元からやらなくていいことスルーしていいことまで君はやっているのだから別に僕も君もやる必要はないと…抽象的な書き方になってしまったけど、ニュアンスでいうとこんなかんじ。
答えのないことえんえんと話し合っても結論は出ない。しかしこうしている間も息子は育つ。
わたし、元から理想の母親像とかなかった。種類A「お母さんに見えない!」と人からどういう意味で言われているのやら的な母親になっちゃたらそれはそれで肩に力が入ってなくていいなって思った。種類B「教育ママになっちゃったね…」あんたもか、って人から言われちゃうのも悪くないだって力の加減なんてわからないもん。種類C「肝っ玉母さん!車庫くらいだったら動かせるんじゃない?」な恐いものなんて今更あるかみんなまとめて仕上げてやる!くらいに安定感と要領の良さが身についたりしてと期待していた時もありました。
現実にはどれにもなってない。
よく考えりゃ、ひとつのカテゴリーにとどまる母親どころか人間なんていないもんね。