諦めが運んできた平和

長男は4才に、次男は4ヶ月健診が終わった3月。
2人目を欲しいか諦めるか迷った(お腹に宿る前)の理由のひとつ、「子一人で体力的にも精神的にも精一杯なのに子供が2人になって自分はやっていけるのか?」問題。
いざ産んでみたら…忙しいときでも幼児一人の時と比較して1,5倍位の大変さ、かな。
意外でした。2倍どころ3乗4乗くらいになるのかな!?と思って心配していたのに。
普段はというと長男ひとり育てている時より楽になった気さえする。
大変なときで1,5倍程度に留まっているのはなぜかと考えてみた。子育てに慣れたとかではない、相変わらずわからないことばかり。
そして我が子は手が掛からないタイプでもない。長男は落ち着きなく運動量もすごい。次男は夜に2,3回くらい起きるので5ヶ月近い今そろそろ寝不足続きの疲れが私にでてきた。
けど単にね。
「どうしようもできないものはどうしようもない」と諦めることが大事だったみたい。そうすることが少なくとも私には合っていたようだ。
あと一人育てながら少しは人間の成長の先が読めるようになっているのもあるかな、やっぱ。
たとえば寝不足。離乳食が完了する頃には(1才ちょっとでしたっけ?)夜中起きなくなるから今は寝不足でもいいや、という諦め。
あと、自分の時間がない!っていうジレンマ。これ長男産んで2年くらいジリジリしていたが、今はというと幼稚園行くようになると時間はできるから3年くらいまた子供に縛られのも、まいっかー…とこれまた諦め…
寝不足なんか嫌だ、とネントレするのも賢い。自分の時間を捻出するために行動するのも素敵だと思う。
でも私は、なんかそういうことどうでもよくなっちゃった。
我慢なり生理的欲求が解消できなくても期限付きなら今の状況に甘んじていたくそれで家庭も円満にまわっているしという…ダラけているのかな?
何にせよ10年後くらいにまた頑張るよI'll be back.ってかんじよ。←これ綴りなり文法なり合っているのか?ターミネータ的な…
話戻して、普段はひとり育てている時よりより2人の今の方が楽な理由とは。
4ヶ月赤ちゃんと4歳児が一緒に長くは遊べない。まあ遊ぶは遊ぶけど近くに大人も必至。だから物理的に楽になったわけではなさそう。
じゃあ何が楽に感じさせたのか。
次男の乳児特有の世話に手間暇かかっててんてこ舞いになりそうでも「この時期もすぐ終わるんだよな。そして私にとっては最後の赤ちゃんのお世話」と思うと張り切り楽しくなる。これは一度その道を歩かせてくれた長男のおかげ。あと"最後"効果 笑
長男はというと、ムカっとくるしイラっとなること多々だけど、最初の子で親も余裕がないから一緒に駆け足になるだけで本当はこの子だって"今"が一番幼いんだよなーと、私の方で自制がなんぼか効くようになった。次男の健気さで長男の拙さに気付けたってとこかな。
2人がいると相乗効果でそれぞれかわいくなる。するとあれ、子と1対1でいた時代より楽だな、と。
何でこんなことを急に書いたかというと昨夜我が家は祭りでして…子ども寝ない祭りね。眠いのに寝れなくて愚図る4歳児と、覚醒して上機嫌な乳児。そこに夜遅く帰宅して騒がしく散らかっている我が家を目の当たりにした夫に「あなた(私のことね)疲れていないんですか?最近イライラしていませんね」って言われて、そういえばあんなに不安材料があったのになと思い出した次第です。